2021年7月16日金曜日

【技術読み物】歴代プリウスの電気システム(その3)



※ 本稿は【技術読み物】歴代プリウスの電気システム(その2)の続き。


2.3 歴代プリウスの電気システム

 <2.3.1 初代プリウス>
 これより、我が国で環境対策車として先頭を走るトヨタ自動車のプリウスに関する機構説明に入る。まずは初代プリウスから順を追って図説を行う。
 初代プリウスのエンジンルームを空けた様子を図2.7に示す。左側がエンジンであり、右側がインバータを含む電力制御装置となる。トヨタ自動車はこの電気系の制御装置をPCU(Power Control Unit:パワーコントロールユニット)と呼んでいる。インバータに使用されているパワー半導体はIGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)であり、バイポーラ半導体であることから大電流に対応可能である。ただし、パワー半導体では、電流が流れている際の導通損失、さらにバッテリの直流電圧をモータ駆動用の交流電圧に変換する際にスイッチングを行うが、そのスイッチング時に発生するスイッチング損失が発生することで、インバータは発熱してしまう。さらにモータ部も、磁性部の鉄損と配線抵抗成分による銅損が発生し、やはり熱を発生する。これらは水冷方式により冷却を行っている。しかしながら、従来の内燃式駆動車両における冷却システムは使用できない。従来車両はラジエータからエンジンまで配管し、ウォータポンプにて冷却水を循環させることで、エンジンでの発熱をコントロールしていた。この冷却水のピーク温度は110℃に保たれる。しかしながら、インバータを含むシリコン半導体や電気部品にその温度の冷却水を循環させると、半導体やモータ磁性部における損失が大きくなり、さらに大幅にキャパシタ等の寿命劣化に直結してしまう。よって、この初代プリウスにはPCUやモータの冷却には別の冷却系統を用意している。エンジンのラジエータに並べる形で前に電気系冷却用ラジエータを用意し、それらをPCU、モータに配管し、エンジン冷却と同じくウォータポンプにて冷却水を循環させ、電気系全体の冷却を行っている。この冷却水温度はエンジン冷却系と異なり前述の理由から、65℃という低い温度に保たれている。



 初代プリウスの動力部における諸元を表2.4に示す。電気系の駆動を司るモータ定格出力は30kW、最大出力は33kWであり、その動力源は288Vニッケル水素バッテリである。(1.2V単位の単電池を直列に6個接続したものを1セルとして、これを40セル直列接続することで288Vを発生している。
 また、初代プリウスの動力部のシステム概略図を図2.8に示す。このシステムはトヨタ・ハイブリッドシステム(THS:Toyota Hybrid System)と呼ばれ、現在生産されている4台目プリウスに搭載されるTHS-IIの源流システムと言える。この図は図2.4のシリーズ・パラレルハイブリッドシステム概念図をより詳細に記載したものであり、各動力部、電力系統を仲介する制御器を表記している。電力系統の仲介は各回転機(M/G機構、発電機)に接続されたインバータにて行い、それらの入出力となる動力部、並びにエンジン出力の車両駆動側への動力部は、動力分割機構を介することで協調制御され、所望の車両動力を獲得している。前章にて紹介したとおり、プリウス・プロトタイプではこのニッケル水素バッテリの代わりに大容量キャパシタを搭載していた。バッテリとキャパシタの違いを図2.9に示す。この図より、キャパシタはそのエネルギー蓄積を電荷の蓄積により具現化する。よって、電流の入出力時にはキャパシタ電圧は変動する。ここで、図2.8を見てみると、発電機の電力とM/G機構の電力を仲介する位置に配置されているのがバッテリであり、これが大容量キャパシタであった場合、例えば減速時に発電機電力とさらに発電機として動作するM/G機構からの電流が流入してくることで、キャパシタ間電圧が過大に上昇することが考えられる。この過電圧により、電気システム各部品の耐圧を超えてしまう恐れがあり、電気系故障の原因となり得る。よって、初代プリウスでは大容量バッテリからニッケル水素バッテリへ変更することで、その問題点を解決している。



 しかしながら、初代プリウスには同じ視点での問題点が残った。新たに搭載したニッケル水素バッテリの電圧変動である。前述のキャパシタほどでは無くとも、THSの動作モードや温度等の環境変化に応じてバッテリ電圧も変化する。JC08走行サイクルモードにおいて、およそ150V〜300Vまで変化すると言われている。このバッテリ電圧変化、並びに温度変動により所望の出力を得ることができない場合がある。これによってユーザからはパワー不足等の声がフィードバックされており、2代目以降のプリウスではこの根本的な対策を施している。そのシステムがTHS-IIとなる。


 <2.3.2 歴代プリウスの電気システム比較>
 前項での初代プリウスにおける問題点の解決へ向けて、トヨタ自動車はどの様にアプローチしたのであろうか。その具体的な手法を分かりやすく電気システム概略図に落とし込んだ歴代プリウスの比較図を図2.10に示す。


 この図を見ると、初代プリウスでは288Vのニッケル水素バッテリを電源とし、直接インバータによりモータ駆動制御を行っていることが分かる。それ故、モータ出力はバッテリ電圧に直接依存していることが分かる。これに対して2台目では、同じくニッケル水素バッテリとモータ駆動用三相インバータの間に昇圧チョッパを配置している。これがTHS-IIである。昇圧チョッパとは、入力側(この図の場合には昇圧チョッパの左側の2配線が入力側)の直流電圧を出力側(この図の場合には昇圧チョッパの右側の2配線が出力側)の異なる値の直流電圧に変換する電力変換装置である。直流を直流に変換することから、DC-DCコンバータとも呼ばれる。そして、2台目プリウスではこの昇圧チョッパは202Vのニッケル水素バッテリの直流電圧を500Vの直流電圧に変換している。この昇圧チョッパをニッケル水素バッテリ前段に入れることで、モータ駆動用電圧を安定した値に維持することが可能となる。すなわち、温度変化や走行状態によるニッケル水素バッテリの電圧変化に、モータ出力は影響を受けないこととなる。これが、トヨタ自動車が考えたバッテリ電圧変動に対する技術的な問題解決アプローチの基本的な考え方である。
 そして、昇圧チョッパ導入の効果はもう一つのメリットを生み出す。このより高い直流電圧値の条件によりモータ駆動を行っていることから、同じ出力値の場合はモータに流入する電流値を抑制することが可能となる。そして、電流値が抑制できるということは、同じ応答速度条件と考えると、モータ巻線をより多く巻くことが可能となる。モータにおいて巻線の増加はアンペールの力の法則から出力の増加を意味する。2台目プリウス以降のモデルでは、この巻線増加によりモータ出力性能の向上を実現している。
 さらに、昇圧チョッパを導入することで、バッテリ電圧値を下げることが可能となる。THS-IIでは、昇圧チョッパによりモータ駆動用電圧を高く設定が可能なため、昇圧チョッパ前段となるバッテリ電圧は低く抑制可能である。具体的にはバッテリセル数を削減できることを意味する。これにより、コスト抑制、さらにバッテリ部の小型軽量化が実現可能となる。


 <2.3.3 THS-IIのメカニズムと動作>
 図2.10で示したTHS-IIのより具体的なシステム概念図を図2.11に示す。大容量バッテリ(ニッケル水素バッテリ、もしくは4台目上位グレードにおいては207Vのリチウムイオンバッテリ)と各インバータの間に昇圧チョッパを挿入し、モータ駆動用電圧を引き上げ、かつ安定化させている。図2.8のTHSと比較すると、昇圧チョッパの有無の違いのみとなっている。この昇圧チョッパの挿入により、駆動用モータの高出力化、並びに発電機の大容量化(17kW)を実現している。


 2.2.3項にて記載した通り、THS-IIでは詳細には13の走行モードを持つ。その走行モードと各システム構成要素の駆動状態を示した表を表2.5に示す。実際にはHV走行モードだけでも3つの走行モードを持つことが分かる。これらを細かく協調制御することで、高燃費な性能を維持しながらユーザが求める力強い走行性能も同時に確保している。


 この表2.5において、理解が難しい点は発電機の駆動に関する点である。前述の通りTHS-IIでは高電圧条件下で17kWの大容量発電機を搭載可能となったが、この発電機は発電機としてではなく、モータとして駆動する走行モードが2つだけ存在する。エンジンスタート時とエンジンブレーキ制動時である。エンジンスタート時は、プリウスはセルスタータを持たないため、この発電機をスタータとして機能させている。それ故、このエンジンスタート時では、電動モード時にモータとして動作を行っている。
 また、エンジンブレーキ制動時においては、大容量であるM/G機構が発電機として動作する。それ故、大容量バッテリが過充電となる状態となる。この状態を回避するため、発電機を負荷としてモータ駆動させることで過分なバッテリ電力を消費することで対応を行っている。この状態においても電動モード時はモータとしての動作を意味している。


【参考文献】
(1)BMW,(https://www.bmw.co.jp/ja/)
(2)VOLVO,(http://www.volvocars.com/jp)
(3)フォルクスワーゲン,(http://www.volkswagen.co.jp/ja.html)
(4)メルセデス・ベンツ,(https://www.mercedes-benz.co.jp/)
(5)ポルシェ,(https://www.porsche.com/japan/)
(6)トヨタ自動車,(https://toyota.jp/)
(7)本田技研工業,(http://www.honda.co.jp/)
(8)日産自動車,(http://www.nissan.co.jp/)
(9)マツダ,(http://www.mazda.co.jp/)
(10)スズキ自動車,(http://www.suzuki.co.jp/)
(11)自動車技術,自動車技術会,Vol. 71 No. 8, 2017.
(12)山本,自動車用48V電源システム 欧州勢の思惑と日本企業が目指すべき技術開発の方向性,サイエンス&テクノロジー株式会社,ISBN978-4-86428-143-0,2016年9月28日刊行.



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