2021年7月13日火曜日

【技術読み物】ハイブリッドシステム技術進化の歴史(その1)



1.1 ハイブリッド車の黎明期
 1997年12月の該当車種の販売開始から時計の針を巻き戻すこと2年。1995年11月に幕張メッセにて開催された第31回東京モーターショーに、トヨタ自動車株式会社(以下、トヨタ)から歴史的な車種となるプロトタイプ車が展示された。後にプリウスと呼ばれる参考出展車である(図1.1)。このプロトタイプ車の開発コンセプトは「人と地球にとって快適であること」。その思想に違わず、20年の進化を経て、このプロトタイプ車は量産ハイブリッド車の中で初めて、その燃費性能が40km/Lの壁を越えることとなる。


 1995年に展示されたこのコンセプト車は、通常の内燃式機構をベースとした車両と機構が異なっていた。すなわち、内燃式機構(エンジン)としてトヨタ製1.5ℓDOHC直噴ガソリンエンジン・TOYOTA D-4(1AZ-FSE型改)を搭載し、その駆動はCVT(Continuous Variable Transmission・ベルト式無段変速機)を介して行われるが、その駆動ラインとは別に、これまで量産車両において見ることがなかった機構を具備していた。大容量モータ/ジェネレータ(M/G)である。これ以前の自動車は主電気系ラインには基本的にジェネレータ(発電機)のみを搭載しており、モータの搭載はエアコン用コンプレッサやパワーウィンドウ等の補機類の駆動に留まっていた。このプリウス・プロトタイプは搭載したジェネレータにモータとしての機能も持たせ、車両駆動に直接関与させていた。このM/G機構はECU(Electronic Control Unit)により内燃式機構との協調制御を行うことで、結果として内燃式機構の負担を減らし、高燃費性能の獲得を目的としていた。そして、その駆動動力源は大容量キャパシタが担う。この大容量キャパシタに蓄積された電力により大容量M/G機構のモータは車両駆動をアシストする仕組みである。また、車両減速時にはM/G機構はジェネレータとして機能し、大容量キャパシタへ充電を行う。この電力は前述の車両駆動への使用はもちろんのこと、信号停止等の車両停車時におけるアイドリングストップのサポートも行う。すなわち、車両停止時にもエアコン、オーディオ、ヘッドライト等は継続駆動しているため、これらの補機類に電力供給を持続させる必要があるが、従来の12V鉛蓄電池では負担が大きく、その寿命を著しく短くしてしまう可能性がある。その懸念払拭のため、このプロトタイプ車の機構は、新しい大容量バッテリにおける電気システムのサポートを司るシステムの提案となっている。トヨタはこのシステム採用により、同クラス車の約2倍の燃費となる30km/L(10・15モード走行)実現を目標に掲げていた。


 当時の東京モーターショーでは、この新しい電気系システムに注目が集まっていたが、実は歴代プリウスに脈々と受け継がれる車両設計思想は、もう一つの視点にもある。プリウス・プロトタイプが掲げた「人と地球にとって快適であること」という車両開発コンセプトを受ける形で、新しい電気システムだけでなく、電動パワーステアリング(EPS:Electric Power Steering)、エアコン用コンプレッサの電動化、RSPP(新リサイクル防音材)の採用、高性能熱線吸収ガラス・着色樹脂を使った無塗装バンパー&サイドモール等の技術導入が成されていたが、本書後章で解説する歴代プリウスが受け継ぐ“もう一つの視点”に係る新技術の導入にも留意する必要がある。それが、低転がり抵抗タイヤと低CD値実現空力ボディである。このプリウス・プロトタイプは、電気システムとこの“もう一つの視点”の複合要素の組み合わせにより、結果として30km/L(10・15モード走行)の高燃費の実現を目指す、全く新しいコンセプト車なのである。


1.2 初代プリウスの登場
 <1.2.1 初代プリウスのコンセプト>
 プリウスの語源をご存じであろうか。英字表記のPRIUSは実はラテン語であり「〜に先駆けて」という意味を示している(1)。また、トヨタ自動車はPRIUSの各文字に意味を込め、販売車両に思想を装飾している。(具体的には、PはPresence(存在感)、RはRadical(技術的革新)、IはIdeal(理想)、UはUnity(調和)、SはSophisticate(洗練)を意味する。)この思想を具現化する形で、初代プリウスは1997年12月に世界で初めてとなる量産ハイブリッド自家用車としてトヨタ自動車から世に送り出された(1)。ハイブリッドという言葉も、この初代プリウスから使用されており、プリウス・プロトタイプ発表時では、内燃式機構をモータでアシストする「TOYOTA EMS(Energy Management System)」という新システムとして呼称されていた。この初代プリウスの登場は、奇しくも京都市の国立京都国際会館で開かれた第3回気候変動枠組条約締約国会議における京都議定書の採択と時を同じくしている。(京都議定書の採択は1997年12月11日であり、初代プリウスの販売は同年12月10日。)
 初代プリウスのコンセプトである「21世紀に間に合いました」の言葉に示される通り、世界初の量産ハイブリッド車を2000年を待たずして販売することができたことが、その後のトヨタ自動車の全方位ハイブリッド化戦略に直結していく。

 <1.2.2 トヨタ自動車の電動化への挑戦の歴史>
 トヨタ自動車の電動化技術の歴史は意外に長い。トヨタ自動車初のハイブリッド車の提案は1975年の東京モーターショーにまで遡る。提案プロトタイプ車の対象となったベース車両はトヨタ自動車の最上位車種に位置するセンチュリーである。明治100年、豊田佐吉翁生誕100年を記念して名づけられたこの車両には、発電用ガスタービンが新たに搭載され、その電力源により前輪の駆動をモータが担っていた。ベース車両のセンチュリーはトヨタ自動車の名機5V-EU型(V型8気OHV・3,994cc)の動力を後輪駆動させる大型自家用車である(3)。図1.2にその外観を示す。すなわち、このセンチュリー・ハイブリッド車両は、後輪は内燃式機構(エンジン)による駆動であり、前輪は前述のガスタービン発電動力によるモータ駆動という、まさにハイブリッドという言葉に相応しいシステムを配備されていた。

 トヨタ自動車の電動化技術の歴史は、トヨタ自動車の電池開発の歴史でもある。1992年にトヨタ自動車はEV開発部を立ち上げ、1993年には「クラウン・マジェスタEV」を販売している(2)。販売は官公庁等に留まっていたが、その試みは1900台の売り上げに成功したトヨタ自動車初の本格的量産電気自動車となる「RAV4 EV」の開発へと繋がっていく。
 2012年、カリフォルニア州は同州大気資源局(CARB:California Air Resources Board)が提案するZEV(Zero Emission Vehicle)規制に署名したことで、自動車業界に激震が走った。この法案は、カリフォルニア州で年間6万台以上の自動車販売実績があるメーカ6社に対して適用したものであり、その販売台数の一定割合をZEV(Zero Emission Vehicle)としなければならない、という内容である。(具体的には1998年から販売台数の2%をZEVの対象とする。)この法案におけるZEVは電気自動車と燃料電池車を示し、対象6社はクライスラー、フォード、GM、ホンダ、日産、トヨタを指す。カリフォルニア州は1990年にはLEV規制(Low Emission Vehicle Regulations:低公害車規制)を既に施行しており、その対象車両の環境規制が寄り強まった形となっている。この法案を受けて、同年、トヨタ自動車は燃料電池車のプロジェクトも立ち上げているが、まだ燃料電池の価格、並びにインフラ配備に課題が山積みであり、まずは電気自動車の量産に踏み切ることとなった。
 その重責を担ったのが、前述のRAV4 EVである。その外観を図1.3に示す。この車両はニッケル水素バッテリ(95Ah、12V×24個)を搭載しており、動力は永久磁石式同期電動機(45kW、165Nm)の駆動により最高速度125km/h、一充電走行距離215km(10・15モード)の性能を達成している。このRAV4 EVの車両販売実績としては1900台程度(うち1500台は米国販売)であり商用的には成功したと言い難いが、このニッケル水素バッテリ搭載車両の量産経験が、後の初代プリウスの成功への伏線となっている。


 こういったトヨタ自動車が米国の東風に揉まれている同時期、トヨタ自動車社内では2つの次世代自動車への模索が始まっていた。1つは後述する初代プリウスに始まるハイブリッド車であり、もう1つはマイルドハイブリッド車の開発が進められていた。その成果として、2001年8月、トヨタから当時、新しいハイブリッドシステムを搭載した車が発表された。クラウン・マイルドハイブリッドである。図1.4にその外観とシステム写真を示す。このマイルドハイブリッドシステムはマイナーチェンジ時に導入された新機構であるが、同じクラウンである従来の3,000ccエンジン搭載車両が11.4km/Lの燃費性能であったのに対して、13km/Lと約14%の燃費改善効果を実現している。システム概要としては、12V鉛蓄電池に対して36Vの高圧バッテリを搭載し、その高圧バッテリに大容量M/G機構による力行と回生により、前述のプリウス・プロトタイプと同じように加速時のモータ駆動によるトルクアシスト動作、減速時の電力回生によるアイドリングストップ期間の延長化による燃費改善効果を実現している。このクラウン・マイルドハイブリッドの車両重量は1,670kgである。これは従来モデルのロイヤルサルーンGと比較して車両重量は60kg重くなっている。この車両重量増加分は、新しく追加されたマイルドハイブリッドシステムの重量を意味する。この重量の大きな割合を占めているのが、36Vバッテリである。この高圧バッテリは、次世代電池の搭載に研究開発が間に合わず、結局、鉛蓄電池を搭載しての量産となった。このことで重量増加による燃費改善効果の阻害が尾を引き、商用的な成功を収めることができなかった。この経験からトヨタ自動車は彼等の戦略について、プリウスが持つハイブリッドシステムへ大きく舵を切っていくこととなる。


 余談ではあるが、クラウン・マイルドハイブリッドに搭載された36V鉛蓄電池を48Vリチウムイオン電池に置き換えた方式が、2011年6月にドイツで開催された第15回Automobil-Elektronik CongressにおいてVW(Volkswagen)、ポルシェ、アウディ、ダイムラー、BMWの5社が中長期的な協力体制にて開発すると発表した48V電源システムである(5)。そういった意味では、クラウン・マイルドハイブリッドは2016年3月に世界で初めての48V電源システム車として販売開始されたアウディSQ7 TDIへの源流とも言える。


【参考文献】
(1)トヨタ自動車75年誌, (https://www.toyota.co.jp/jpn/company/history/75years/index.html)
(2)“EV・ハイブリッド車用駆動システム,” AISIN AW ENVIRONMENTAL REPORT 2011,pp. 14-16,2011.
(3)トヨタ自動車ホームページ,(https://toyota.jp/)
(4)黒川,“排ガスゼロ車普及に8州が集結,” ジェトロセンサー,2014年3月号,pp. 58-59,2014.
(5)山本,自動車用48V電源システム 欧州勢の思惑と日本企業が目指すべき技術開発の方向性,サイエンス&テクノロジー株式会社,ISBN978-4-86428-143-0,2016年9月28日刊行.


※ 【技術読み物】ハイブリッドシステム技術進化の歴史(その1)に続く。



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