2021年7月13日火曜日

【技術読み物】ハイブリッドシステム技術進化の歴史(その2)



※ 本稿は【技術読み物】ハイブリッドシステム技術進化の歴史(その1)の続き。


1.2 初代プリウスの登場

 <1.2.3 世界初の量産ハイブリッド車>  先に初代プリウスは“世界初の量産ハイブリッド自家用車”と記載した。これは余り知られていないが、“世界初の量産ハイブリッド車”は初代プリウスではない。実は1994年、日野自動車からHIMRと名打った大型バスが販売された。このバスこそ、世界初の量産ハイブリッド車である。図1.5にその外観写真を示す。HIMRは“ハイエムアール”と呼び、「Hybrid Inverter Controlled Motor & Retarder System」の頭文字を取った略称である。HIMRバスの搭載エンジンの最大出力は240PS/2500rp、最大トルクは735N・m/1500rpmであり排気量は7961ccとなる。ここに三相交流誘導機(30kW)を設置することで、この誘導機が加速時のトルクアシストと減速時の電力回生を行い、それらの電力の融通を大容量バッテリにより管轄する、現在の一般的なハイブリッドシステムの仕組みを、このHIMRバスは既に具現化していた。このハイブリッドシステムは後にパラレルハイブリッドシステムと呼ばれ、欧州自動車メーカやホンダを始めとする自動車メーカに広く採用されている。


 パラレルハイブリッドシステムのシステム概念図を図1.6に示す。このシステムでは、内燃式機構(エンジン)動力による回転軸と同軸上にモータを配置し、その回転に重畳させる形で電気モータの駆動を行う形である。もちろん、電気モータ駆動力はギアを介して内燃式機構動力に介在する手法を採用することもあるが、基本的な概念は同じである。システム構成としては非常にシンプルであり、低コストでのハイブリッドシステム導入が可能となる。このシステムでは内燃式機構の動力と、電力によるモータ動力を制御により同調させる構成となっており、内燃式機構の“トルクアシスト”の意味合いが強い。電気動力は内燃式機構の補助的な位置付けの場合、このパラレルハイブリッドシステムが採用されることが多い。後述する2代目プリウス以降のハイブリッドシステムは、電気モータでの駆動を積極的に採用する方式であり、パラレルハイブリッドシステムと比較して議論されることが多い。


 話をHIMRバスに戻す。このHIMRバスは12V鉛蓄電池を25個も使用することで、重量増加、並びに乗車定員の削減を余儀なくされており、ハイブリッドシステムのポテンシャルを最大限に発揮するためには、初代プリウスに搭載される大容量ニッケル水素バッテリの登場を待つこととなる。2001年1月に販売開始されたHIMRバスから名称を変更した「ハイブリッドバス」には、プリウスに搭載された、より高電力密度性能が高い大容量ニッケル水素バッテリを4台分搭載することで、前述の問題点を払拭している。


 <1.2.4 トヨタ自動車初の量産ハイブリッド車>
 初代プリウスの販売開始から遡ること4ヶ月。プリウスの販売年である1997年と同年3月、トヨタ自動車からトヨタ自動車初となる量産ハイブリッド車が販売された。コースターハイブリッドEVである。図1.7にその外観を示す。その名前はEV(Electric Vehicle)の言葉を冠しているが、その諸元を確認すると1500ccの5E-FE型エンジンを搭載していることが分かる(1)。従って、このコースターハイブリッドEVは厳密にはEVとは言えず、ハイブリッド車に分類される。


 このコースターハイブリッドEVが持つ特殊な動力機構は、後のシリーズハイブリッドシステムと呼ばれ、2016年下期に販売台数がコンパクトセグメント(1600cc以下の小型・普通乗用車)1位となった日産ノート(e-POWER)の機構と同じシステムである。まずコースターハイブリッドEVの動力系における諸元表を表1.2に示す。動力を司る主要コンポーネントとして、発電用ガソリンエンジン、三相発電機、M/G機構(三相交流誘導機)、大容量バッテリが挙げられる。これらの動力系コンポーネントの配置図を、図1.8に示す。このシリーズハイブリッドシステムにおいて重要な点は、内燃式機構であるエンジンは車両駆動に直接関与しない。図1.6に示すように、エンジン動力は発電機の発電用の回転にのみ利用される。ここで発電した電力は、大容量バッテリへ充電され、加速時、巡航時における車両駆動のためのM/G機構用動力に使用される。従って、バッテリ以降の車両駆動へのエネルギーの流れを見ると、あたかも電気自動車の様に振る舞っていることが分かる。これが、コースターハイブリッドEVがあえて“EV”とした理由である。後にGM(General Motors)社が2011年モデルとしてシボレー・ボルトを発表した際、内燃式機構を搭載しているにも関わらず、“完全な”EVとして発表していたが(7)、このシボレー・ボルトもシリーズハイブリッドシステムを搭載しており、自動車メーカにとってもEV色の強い方式であると言えるエピソードである。



 <1.2.5 初代プリウス>
 1975年の東京モーターショーにおけるセンチュリーのハイブリッドプロトタイプ車の試みから22年の胎動を経て、トヨタ自動車からその後世界を席巻するハイブリッド車が販売開始される。初代プリウスの登場である。トヨタ自動車は、この車の登場を今後のハイブリッド戦略の起点とし、現在の全方位ハイブリッド化の商業戦略へと続いている。その社風を裏付けるように、現在のトヨタ自動車の会長である内山田竹志氏は、この初代プリウスの開発責任者(チーフエンジニア)であった。
 この初代プリウスの特徴としては全く新しいハイブリッドシステムであるTHS (Toyota Hybrid System)の採用と、徹底した空気抵抗低減技術の導入である。この2つの技術の導入により、28.0km/L(10・15モード走行)という当時の同クラス車種と比較して圧倒的な高燃費性能を獲得するに至った(3)。また、初代プリウスの最終モデルでは永久磁石式同期モータの改良等により31.0km/L(10・15モード走行)と、同クラス車種では初めて1リットルあたり30kmを超える燃費性能に到達した(3)。
 新しいハイブリッドシステムであるTHSの説明は別稿に譲るが、ここでは初代プリウスで採用された低CD(Coefficient of Drag:空気抵抗削減係数)値獲得のための新技術について紹介する。図1.9に初代プリウスの外観写真を示す。この外観には2つの新技術が施されている。一つは、当時としては特徴的なボンネット形状である。このボンネット前方部はなだらかにフロントグリル側へ繋がっており、近未来的なデザインのみならず、空気抵抗の大幅な削減に成功している。さらに特徴的な技術としてアルミホイル部への対策が挙げられる。初代プリウスでは軽量化のため標準仕様でアルミホイルを装備しているが、このアルミホイルの外側に樹脂カバーを取り付けて、進行方向に対してタイヤサイド部をフラット化させることで、空気抵抗低減化を実現している。通常、アルミホイルはレース等での軽量化効果に対するブランド力のため、市販車における装飾品という側面でも普及していたが、初代プリウスでは低CD値獲得という目的のために、あえてアルミホイル部を樹脂カバーで隠すという逆転の発想を具現化している。これらの空気抵抗低減対策により、初代プリウスは0.30というCD値を獲得するに至っている。表1.3に初代プリウスの車両諸元を示している。車両パッケージとしてはプリウス・プロトタイプとほぼ変わらず、そのコンセプトをしっかりと踏襲していることが分かる。ハイブリッドシステムにおけるプロトタイプ車と初代プリウスとの大きな違いについても、別稿にて解説する。


 図1.10に、初代プリウスのインパネ写真を示す。トヨタ自動車の特徴的な試みとしてセンターメータの採用がある。初代プリウスは5.8インチマルチインフォメーションディスプレイをセンターコンソール上部に配置することで、運転時の運転者の視線移動距離を著しく削減することに成功しており、従来の車両と比較してメータ表示認識時間が20%短縮されている。また初代プリウスでは、助手席側からのメータの視認性も確保していることも特徴的である。



1.3 初代プリウスの問題点
 初代プリウスは新しいシステムを適用された世界で初めての量産自家用車であったが、ユーザの新システムに対する戸惑いの中でも商用的には成功したと言われている。(モデル末期までは年間1万台を超える販売実績を達成していた。特に販売年の次年度となる1998年には1万8千台を達成した。)特にトヨタ自動車の同クラス車種(同排気量という視点にて指定)である8代目カローラ(1995年〜2002年)の同排気量モデルでは、18.8km/Lという燃費性能であり、このカローラに対して初代プリウスは50万円程度の販売価格設定(215万円)だったため、国内市場では非常に好意的に受け入れられた。しかしながら、初代プリウスには特有の問題点をいくつか抱えていた。これらの問題点は採用したハイブリッドシステムの限界に起因しており、それでも初代プリウスはユーザの声を受ける形で改良、進化を遂げてきたが、結果として根本的な懸念払拭には2代目プリウス以降の開発にフィードバックされることとなる。具体的な初代プリウスの問題点は下記の通りである。

 1)加速時のトルク不足
 2)高速走行時における低燃費状態
 3)回生ブレーキや電動パワーステアリング(EPS)の不自然さ

この中で3)の問題に関しては、人間工学的な視点からの開発も必要となっており、別枠での議論となってしまうが、1)、2)に関しては、新しいハイブリッドシステムの採用により、その対策が可能となる。前者2つの問題点に係る大きな要因は、今回搭載しているニッケル水素バッテリの特性に端を発している。具体的には0℃におけるニッケル水素バッテリの出力密度(W/kg)に対して40℃条件における出力密度は2.5倍となる(8)。逆にこのニッケル水素バッテリの出力特性は温度に大きく依存し、低温時には出力特性が劣化してしまい、結果として車両加速時におけるトルク不足に繋がっていた。
 この対策を実現するため、2代目プリウスにはTHS-II (Toyota Hybrid System II)と呼ばれる新しいハイブリッドシステムが適用された。このシステム概要については前述のTHS (Toyota Hybrid System)と併せて別稿にて図説を行う。


【参考文献】
(1)トヨタ自動車75年誌, (https://www.toyota.co.jp/jpn/company/history/75years/index.html)
(2)“EV・ハイブリッド車用駆動システム,” AISIN AW ENVIRONMENTAL REPORT 2011,pp. 14-16,2011.
(3)トヨタ自動車ホームページ,(https://toyota.jp/)
(4)黒川,“排ガスゼロ車普及に8州が集結,” ジェトロセンサー,2014年3月号,pp. 58-59,2014.
(5)山本,自動車用48V電源システム 欧州勢の思惑と日本企業が目指すべき技術開発の方向性,サイエンス&テクノロジー株式会社,ISBN978-4-86428-143-0,2016年9月28日刊行.



パワエレ研に是非、応援のクリックを!
    ↓